日記,イラスト,ゲームなど(*´ω`*) 気まぐれ適当に書いていきます٩(ˊᗜˋ*)و

エヴァとまどマギを比較考察

ども~おがさくらです٩( 'ω' )و

先日ふと思いついたことなのですが,「エヴァまどマギってなんか似てね?」となりまして.世界観が全く異なる両作品がなぜ似てるって思ったのかちょっと気になりました.

なので今回の記事はこの二つの作品について,私なりに比較考察をしていこうと思います(∩´∀`)∩

ネタバレを含むのでご注意を.

長くなると思いますが,最後まで見ていただけると嬉しいです(*´▽`*)

 

おがさくらとエヴァまどマギの出会い

いきなりですが少々自己語りさせてくださいw.

私おがさくらとこの二つの作品の出会いなんですが,ご存じの方はご存じにゃんこ大戦争のコラボイベントに影響されてです.それまで名前だけは知っていたものの,見たこともなければあんまり興味もわかないような状態でした.

にゃんこ大戦争においても,この2作品はやや特別なようです.というのもコラボイベントに登場する敵は,「使徒」「魔女」というコラボ限定の特別な属性を持っています.そしてその対抗手段として,「使徒キラー」「魔女キラー」を持つ味方キャラと,その能力を底上げするにゃんコンボが存在します.

そしてコラボステージに関してですが,難易度がとてつもなく高いステージが存在するのも特徴です.エヴァコラボの第10使徒や第13号機,まどマギコラボのワルプルギスの夜やホムリリィが登場するステージは,プレイヤーの中ではオリジナルステージを差し置いて最難関と言われるほどの難易度です.エヴァまどマギも,それほど強大な敵を相手にするストーリーというのが窺えますね....(;´∀`)

 

アニメ史に名を残す伝説の作品

さて,エヴァこと「エヴァンゲリオン」シリーズと,まどマギこと「魔法少女まどか☆マギカ」シリーズの比較をしていきましょう.

この2作品は,名前を言えばだれもが聞いたことがあると答えるほどの有名作品でしょう.社会現象を巻き起こし,多くの視聴者の心を掴んだ伝説のアニメなのです.そして両作品とも,アニメで話題を呼びその内容が映画化された(新劇エヴァはアニメとちょっと違うストーリーだけど)というのも共通しています.

アニメBDの売り上げランキングにもどちらも上位に入っているほどですし,主題歌の「残酷な天使のテーゼ」「コネクト」は今もなおファンの間で歌われ続けてる曲です.ストーリーの考察を行う動画や記事もちょくちょく更新されていってるのが見られます.もちろん「ただの有名なアニメ」では決してないのですが,大前提としてこの2作品の有名さは語らずにはいられませんね.

初見じゃわけがわからないよ

そんなエヴァまどマギですが,「初見だとよくわからない」と言われがちです.私はある程度予習してから見始めたのでそんなに驚きはしませんでしたが,確かに予備知識なしでアニメを1話から順番に見ていくと「わからない」と言いたくなる気持ちも分かります.

謎の敵「使徒」と「魔女」が何の説明もなしに登場します.それを目の当たりにした主人公たちは,「エヴァンゲリオン」「魔法少女」とかいうよくわからないシステムと関わり始めます.ただのSFやファンタジーとしてすんなり受け入れればあまり疑問は持たないでしょうが,そこをあえて疑問に思わせるように作られているのがエヴァまどマギなのです.

それら使徒エヴァ,魔女,魔法少女は,物語の中盤でようやく正体が明かされます.それ自体は様々なアニメでもよくあることでしょうけど,それまで「正体がわからない」ままストーリーを飲み込むのはちょっと苦しいという気持ちも分かります.

 

14歳の少年少女に寄り添った内面的なストーリー

エヴァの主人公である碇シンジと,まどマギの主人公である鹿目まどかともに14歳の中学生です.果たしてこれは偶然なのでしょうか?

14歳というのは思春期真っ只中の時期です.心に大きな変化が表れ,様々なことに思い悩む頃ですね.エヴァでのシンジは,親や周りの人たちと分かり合えず,エヴァに乗ることでしか自己を肯定できずにいます.まどマギのまどかは,魔法少女になるための願いをなかなか決められずに周囲に振り回され,自分の力で魔法少女になることを決断できずにいます.さやかのように異性に恋しても上手くいかなかったり,レイのように自分とは何かを考え始める人もいるでしょう.

社会の中で生きていくうえで,「自分」と「他人」との関係は決して切り離せないものです.大人だって自分のことや他人のことで苦悶することはあるでしょう.このような気持ちや思いを最も表現できるのが,14歳という年齢なのではと私は考えます.

エヴァまどマギも,人類の脅威となる強大な敵を倒すという壮大なストーリーの中で,自己肯定と他者理解に苦しむ登場人物たちのメンタルを描いたアニメなのです.視聴者たちには共感できる部分があったのではないでしょうか,だからこそここまで人気を獲得したのだと思いますね.

自己犠牲と承認欲求

エヴァンゲリオン魔法少女も,自己犠牲と承認欲求の象徴なのではと私は考えます.

エヴァではシンジは「自分はエヴァに乗るしかない」と言い聞かせて戦います.しかしその一方で,「エヴァに乗ることでみんなに褒められたい」という気持ちも明かしています.これはアスカにも当てはまりますよね.

まどマギではさやかが,恭介の手を治すという願いの下で魔法少女となります.自分の身を犠牲にするも,本当はその犠牲と対価に恭介に愛されたかったという承認欲求の表われであったと語られています.まどかも魔法少女になろうと心が揺らいだとき,その願いは自分の為ではなく他人の為の願いであることが多かったです.

この二つの感情が交錯する様子を,両作品とも「エヴァンゲリオン」「魔法少女」という概念を用いて巧みに表現していると思います.最終的にはエヴァはシンジによって,魔法少女はまどかによって消失させられますが,ともに承認欲求を捨てて大人へと一歩成長した姿を現しているのではないでしょうか.

同じストーリーを繰り返し,大切な人を救おうとする者たち

エヴァのループ説」というものがあります.新劇場版におけるカヲルの発言から,エヴァは同じストーリーが何度も繰り返されていると考察している人がたくさんいます.この説に関しては,本編で明言されていないので賛否両論ありますね.

一方でまどマギでは,ほむらが何度も時間を巻き戻しながらワルプルギスの夜と戦い,まどかを魔法少女にさせまいとしていることが明言されています.

エヴァのループ説を仮定すれば,繰り返す中でカヲルはシンジを救おうとし,ほむらはまどかを救おうとしている点が似ています.「円環の理」というワードが出てきたのも一緒です.エヴァでは繰り返しているストーリーが作中で語られていないので何とも言えませんが,きっとほむらのようにカヲルも何度も失敗してきたのでしょう.

最終的には主人公たちの手によってループを終わらせられますが....

主人公の成長と新たなる世界の創造

シンエヴァで,シンジはエヴァのない世界をつくります.まどマギの最終話では,まどかが魔女と魔法少女のない世界をつくります.先ほども述べましたが,この新たなる世界の創造というのは主人公たちの成長を描いたものだと考えられます.

シンジはネオンジェネシスを目指す前,父親と話し合うことにより他者と向き合います.まどかは魔法少女になると踏み出したとき,母親と話し合い自分の決意を打ち明けます.見ていてなんとなくですが,二人とも親離れしてるな~って私は思いました.まさに今まで主人公たちがずっと悩んできた「他者理解」と「自己肯定」にそれぞれ決着をつけた瞬間です.ここに心を惹かれた視聴者も多いのではないでしょうかね.

エヴァでは過去に固執した子供のような心を,ループとして表現していたのかもしれません.視聴者がずっと持っていたアニメ版25話と26話のトラウマを旧劇と新劇で解消しようとし,ようやく新劇にてすべて解決したといったような感じです.その点まどマギは既にほぼ完成されたストーリーだったので,完結まで26年もかかったエヴァよりかはすんなり終わることができたのかもですね.

 

まとめ

エヴァまどマギは,様々なことに思い悩む登場人物が,何度も失敗を繰り返しながら成長を描いたストーリーであるといえましょう.1周目では理解できなくても,私たちも何度も見ることでようやく理解し,共感できるような形になっているのかもしれません.

この記事を読んでエヴァまどマギを見たいと思う方がいましたら,是非一度は見ていただきたいです.何か悩んでることがある方は,もしかしたら自分や他人を見つめ直すきっかけになるかもしれません.

この2作品は現代の神話として,今後も語り継がれるものとなっていくでしょうね( *´艸`)

 

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